9/13/2010

ただいま

9月11日、土曜日に丸一年のワーキングホリデー(実際はイーティングホリデー)を終え、無事に帰国しました。1年365日のうちたったの59回の投稿でしたが、(あ、あともう一回書けば60でキリがよかったなぁ…)あしを運んでくださった方みなさまに感謝いたします。
これにて、晴れのち羊のブログを終了させていただきます。

ありがとうございましたー。

9/09/2010

いよいよ

明日私の初ワーホリ地、ネルソンを発ちます。
今日はいとことパパさん達と夕食を共にしました。2ヶ月ぶりくらいに会ったパパさん達。なんだか前より言ってることがわかって食卓の談笑に一緒に笑って(わかったふりの笑いでなく、ちゃんと理解して笑ってるのよ)食べれたのが良かったです。少しは成長したのかなぁ…。。
…としんみりした気持ちは置いといて、8月の27日から31日まで友人2人と行ってきたクックアイランド諸島の小話でもしようかな…と思います。

クックアイランド諸島についてはウィキペディアかなんかで個々に調べてください。
とにかく、日本ではマイナー、ニュージーでは人気の国です。
私が行った島はクックアイランド諸島の中の首都がある島、ラロトンガ島。大きさは徳之島と同じくらいとかなんとか。

ラロトンガ島2日目、街でマーケットが開かれるとゆーことで、宿から歩いて街まで行っていたときのこと。前から1台のオープンカーが勢いよくバックしてきて、私達がよけてもなおのこと向かってきて泊まり、助手席に欧米の女性を乗せた現地のおじさんが話しかけてきた。
『日本人か?』
Yesと答えると、
『乗れ、乗れ。ただでマーケットまで送ってやるよ。』とゆー怪しい言葉をはなった。ちびっ子は絶対まねしちゃダメだが、私達は
『マジで??!!良いの??!!ありがとう!!』と言っておじさんの小さなオープンカーにきっちきちで3人乗った。おじさんの英語はアクセントが強すぎてほぼ聞き取れなかったが、とにかく次の日船の側でおじさんがショーをやるらしく(これまた無料)午後4時に見においでと言い、名刺を渡してきた。名刺にはこう書いてあった…。

『Coconuts King(ココナッツキング)』と。

た、只者じゃない予感。。。車を降りて友人が一言。
『確かに、車の後ろにココナッツたくさんつんでたなぁ…』

次の日4時を過ぎてしまったが、ココナッツキングの言っていた場所へ言ってみると、そこには建物の中に入れず外にまであふれ出てるたくさんの見物客が…と思いきや、ショーは建物の中ではなく、外で行われており、ココナッツキングは人目につかないような建物の前に立っていた。それを円になって十数人の見物客が見守っていた。なにやらココナッツキングが話している。その前ではココナッツが燃えている。何だこれ??…宗教か?と思っていると、ココナッツキングがセンキューセンキューと言いだし見物客も散り散りになり始め、何やらカンパしていた。ショーは終わったらしい。ぽかーんとしている我々に気付いたココナッツキング。何やら話しかけてきたココナッツキング。やっぱりちゃんと聞き取れなかったが、ココナッツキングはココナッツの木を使って(多分)自分で火を作り、前で燃えているココナッツに火をつけたとゆー。燃え続けるココナッツを前に
『もっと近くでみたらいー。キャンドルだ、キャンドル。』と我々を燃えるココナッツへと促すココナッツキング。
とりあえず近くで見てみる我々。どうやって火をおこしたか説明するココナッツキング。想像をはるかに超えて小さなショーにボーぜんの我々に、ココナッツキングは、
『あっこへは行ったか?キレイな場所があるんだ。何?行ってない?じゃぁ私が案内しよう。付いてきな。』
そう言ってショーで使ったココナッツ類を我々や他の見物客に一緒に片付けさせるココナッツキング。
やはり只者じゃない??

ココナッツキングに案内された場所は海の前のレストラン。そこで4人パイナップルジュースを飲む。するとココナッツキングは急にメールアドレスを教えろと言ってきた。
あ、怪しい。。。
何で?と私が聞くと、ただ友達になりたいだけだと、人に会ったらいつも聞くのだとゆー。私は、『じゃー世界中にたくさん友達がいるんだね。』と言うと
『いんや、いないよ。日本人だけ…』どーのこーの。(やっぱり聞き取れない。。)
ますます怪しい。。
1人の友人は何の疑いもなくメールアドレスを書き始めた。
もう1人の友人は『ほんとのアドレス書く?』と私に小声で聞いてくるほどかなりの疑いを彼にかけていた。
私は…怪しいとは思いつつもどこか憎めないおやじに、PCのアドレスくらいだったらいっか、とゆー軽い気持ちでいた。が、次の瞬間、私は彼に対する怪しさが増した。
私は彼に職業を聞いた。
それまではきはきアクセントの強い英語で話し続けていたおやじが、急に少しトーンダウンし、
『ココナッツの木に登って、ココナッツ落として、ショーしてるだけだよ。』と言った。あの隠れた小さなショーを週に3だか4回やって得たカンパで生計を立てているのだ。。。
あ、怪しすぎるぞ、ココナッツキング。。
そして彼は続けてこう言った。
『2005年に日本のドキュメンタリー番組に出たんだ。ココナッツの木に登って、火をおこしたんだよ。それで$5000もらったんだ。』
我々は絶句した。
$5000もの大金をあげた日本人に恥ずかしさを覚えた。まぁそのおかげで彼は我々日本人に良くしてくれるのかもしれないけど。。
ココナッツキングは期待していた。またテレビの取材が日本から来ることを。

ごめんよ、ココナッツキング。
我々と連絡とっていても日本から取材は来ないよ。
そんな残酷な事実は彼には言えなかった。

そんな可愛そうなココナッツキングだが、最終的に我々は彼はただのエロおやじだとゆー結論にたどりついたのだった。


ココナッツキング。横の欧米の女性は奥さんと思いきや、うちら同様車に乗せられただけっぽかった。。

8/22/2010

日本とゆー国

日本にいるとなかなか気付けない日本の魅力。ニュージーに来てつくづく思ったのは、やっぱり日本人ってキレイ好きってことだった。
最初お世話になっていたパパさん宅には食器洗浄機があったのですが、フライパンとかボールとかはまぁ、手で洗っていたわけですが。。ニュージーの洗い方に最初は抵抗を感じたものです。(実は今でも無理だけど…でも前よりは平気になってる自分がいる…)
流しに栓をして洗剤をばーーーーっと入れて(これが驚くぐらい多い…)、お湯をばーーーっと入れて泡泡にした状態の中に洗う物を入れ、トイレ洗うたわしの小さいバージョンみたいなブラシでごしごし洗い、泡泡のまま乾燥、またはティータオルで拭いておしまいである。
泡…流さないの。この国。
水(お湯)を大切にするためらしいのですが、その洗剤の量は半端ないと思うのだが…その辺の環境の配慮はないのか…こんなにキレイな国なのに…とゆー疑問が最近私のなかに浮かびあがった。しかも皿の裏をあまり洗わないし、ブラシでごしごしやれば取れるとゆー思い込みから、まだ皿にこびりついててもおかまいなし。そして料理しながら洗い物とか絶対しないので、料理後のキッチンは無残である。そしてそれをその日に片付けないことしばしば。

それはそーとして、旅行とか行く際、キッチン、シャワー、トイレとかを宿泊客と共同で使う安宿に泊まるとき、欧米人のその食器洗いの不完全さに心が折れることしばしば。洗ってあるはずの食器が汚いのである。加えて台布巾とゆーものが存在しないので、流しの台も色々な食材のカスで非常に汚い。。
パパさんの所を出て、農場、色々な安宿、ポールおじさんの家に居候、そして今B&Bで働きながら暮らしているわけだが、共通して言えることは…
とにかくどこもキッチンが汚い。
今まで気にしてこなかったキッチン。家の流しが洗い物いっぱいで嘆いていた母を思い出し、こう思った。
―母さん、うちはまだ洗い物に毛が生えた程度だぜ…(なんのこっちゃ)-と。

そして農場にいるころ、2週間ほどして肘から手にかけて原因不明の蕁麻疹に襲われた。
ポールおじさんのところにいるころ、手のひらと足の裏が痒くなって、小さな水疱瘡みたいなのができる病気に見舞われた。2つともその場所を離れると治った。
2つの場所の共通はキッチンが汚くて常にキッチンの掃除をしている自分がいたことだった。
…私、キッチン汚いと蕁麻疹がでるらしい…とゆー結論にいたったのだった。

こっちで知り合った日本人みんなが口をそろえて言う。
何かキッチン汚いよね…?
日本人がキレイ好きすぎるとゆーのもあるかもしれない。でも日本人のキレイ好きを私は誇りに思う。

最後に。

最近八百屋さんで大根が手に入ったので、ネットのレシピを見て、大根とキャベツの甘酢漬けを作った。作った当初オーナーさんに食べさせてみた所、『おいしい!酢が良いね!』と言ってくれたのだが…
数日たってちょっと冷蔵庫が漬物臭くなって、こりゃルームメイトに悪いかな…と思い、責任もって食べよーっと1人甘酢漬けを食べていたときのこと。その甘酢漬けはかなり味がしみこんでいて美味しかった。美味しく食べている私にむかってルームメイトは言った。
『何このキャベツ??!!ひどい匂い!!』
オーナーの娘がキッチンに入ってきて叫ぶ。
『何このひどい匂い??!!』

悲しかった。美味しいのに。。美味しいのに、
『ゴメン…』と言って食べ続けた。(捨てないよーん。せっかくの漬物だもーん)
漬物…
日本の食文化…
こんな仕打ちを受けても、漬物を私は誇りに思うよ。

8/07/2010

スキー場に着いてその後…

スキー場に着いてまずは、リフト券やボードとブーツのレンタルの券を購入した。受付で案内された建物へ行き、ブーツ等を借りる我々。
あれ?ウェアーってどこで借りるんだ?とゆー思いとはうらはらに、ブーツレンタル完了。そしてボードも完了。

いや、この格好で滑るのはアホでしょ…。(そのときの服装はセーターにヒラヒラのショートパンツにスパッツを履いていた私)…とゆーことで、別の建物がウェアー貸してそうな雰囲気をかもし出していたので、そっちに行ってみることに。
友人も私も身長が低いため小さいサイズをさがすのに苦労するレンタルのおばちゃん。しかも手袋は買わなきゃだめだ…と言われ、持っていなかった私は22ドル(1400円くらい)予定外の出費をしだっさい手袋を購入。
だっさいウェアーも借りれて、さぁ着替えるぞ!とゆー時、我々は気付いた。
ここには更衣室がないことに。。。。ごーーーーん。。。
しかたなくせっまいトイレで着替えることに。そんな時問題なのが…
そう、ブーツ。
何で最初に借りちゃったかなぁ…と友人と後悔しつつ、トイレのいたる壁にぶつかりつつ着替える我々。しかし私は着替える前に膝にテーピングをしなければならなかった。せまいトイレに二人入れるわけもなく、ドアオープンのままパンツいっちょでテーピング。(泣)幸い端のトイレだったので誰にも見られずに済みましたが。。(安心)
テーピングも終わりズボンを履こうとした時…

は、入らない。。。。ごーーーん。。。おしりが大きくて、入らない…。。(号泣)
急いでズボンを脱ぎ、短パンはいて、先ほどのレンタルショップへ。
「あ、あの、もっと大きいサイズありますか?私…おしりがちょっと大きくて…」
とめちゃめちゃ恥ずかしいことをおばちゃんに告げた。おばちゃんは快く他のズボンを差し出し、ここで着てみなさい、と。私は短パンはいたままそのズボンを試着。
…履けた。
とゆーことでそのままの状態でゲレンデへ。
このときすでに2時をまわっていた。ここのスキー場は4時で閉まる上に、日本と違いナイトスキーはない。すでに汗だくの我々はウォーミングアップを兼ねて一番近いそして短い初心者コースへ行ってみることに。
が、しかしコースは初心者であるが、そのリフトに我々は苦戦する。
…リフトに乗れないのだ。
いや、正確にはリフトにつかまれないのだ。

想像しがたいこの光景。写真に収めてみましたが、見えますか?乗るのではないのです。引っ張ってもらうんです。トイレのすっぽんってするやつみたいな形をしたものにつかまるんです。スキーの人はそれを脚に挟んで行けるから(写真、前の人)楽なんですが、ボードの人は写真後ろの人のように、すっぽんをしっかり握っていなくてはならないのです。ボードが雪に埋まって突っかかったら、急にものすごい力で引っ張られるもんだから、握ってられなくて転倒必須。リフトの乗り始めは、雪が平らとゆーこともあり、この状況がよく起こる。
友人は何度も何度も転倒し、しばらく乗れないでいたが、なかなかのバランスの持ち主、よしもは2回目で成功。…がしかしあとちょっとで頂上…とゆーところで、腕がプルプルし、すっぽんをつかんでいられず、途中断念し、横にころころとよける始末。15秒ほどで滑ってこられるめちゃ短いコースのリフトにやられる。色々ジモティーを見学したりして試行錯誤を重ねた結果、我々は乗り方を見つけた。
すっぽんを右脇に挟み、丸い部分を右ひじに預け、そして後は…
無心でいること。(どんなリフトだよ!)
…がしかし、やっぱり私は最後の最後で腕が持たず途中棄権してしまう。
そして気付く。
自分の体重が重くて最後まで腕で支えられないことに…。
そしてこんなときまた思う。
痩せよう…と。
スキー場からの最終シャトルバスが4時に出るとゆーこともあり、3時半で切り上げた我々。難関リフトのため、15秒ショートコースを4回しか滑れず、終了。がしかし、その体力消耗は1日滑ったものに匹敵すると言っても過言ではないと思う。
次回、リベンジでまた行こうと友人と言っているが、次回はもう一つのリフトに挑戦しようと思っている。こちらのリフトは錨みたいな形をしていて、それを股に挟んで行くタイプ。(やっぱり座れないのね。泣)
どうだろう。ボードのお兄さんも挟めているではないか。きっとこっちの方が楽に違いない。…と思いつつも、こっちのリフトは私達が使っていたリフトと違い、転倒したらゲレンデに逃げる…とゆーことが出来ないので、びびって今回はトライしなかった。
次回…必ず。うん。
次回は、ちゃんと早起きしてウェアーから借りて(試着もして)…準備万端でこのリフトに挑戦しようと思う。(もはやボードをしに行くのではなくなってる?)

8/04/2010

アクティビティの宝庫!ニュージーランド3

友人がどーしてもやりたいと、そう言うので、ついにやってきました。あれを。
冬のスポーツを。
そう。
スノーボードを。およそ3年ぶりとなるスノーボード。果たしてよしもはできるのか?!

ネルソンより車を走らせ1時間半ほどのところにスキー場があるというので、値段もそんなに日本と変わらなくて決して安くないし、何よりも体力のない私達は半日券を買って午後だけ滑る予定を立てた。半日券は
午後12時半から使える。…とゆーことで、

午前10時。私の左足の古傷をサポートするべくテーピングを買うため、街の薬局で友人と待ち合わせ。幸いにも友人は理学療法士でテーピングはお手の物だという。テーピングかサポーターかどちらを買うか少し迷ったが、結局テーピングを買うことにした。時刻は10時半。後にこの30分が大きな痛手となる。

車を走らせること1時間半。一向にスキー場の看板が出てこない。旅行中も思ったことだが、日本と違ってニュージーランドはとにかく標識や看板が少ない。雪山は見えるのだが、いくら走っても近づく気配がない。少し不安になった我々だが、そこは3ヶ月近く旅をした我々だけあって、自分達を信じてあせらず進み続けた。ほどなくしてスキー場の看板が見えてきた。矢印の方向へ進むとそこは誰かの農場ではないか…とゆーようなじゃりみち。じゃりみちを抜けると次は浅い川を横断。いくつも横断。何だ何だこれは…今日が雨で川が増水してなくて良かったと思いつつもひたすら車を走らせること30分。スキー場の山の下の駐車場についた。これよりスキー場までは、チェーン規制がされており、チェーンのない我々はその駐車場から出ているシャトルバスに乗る予定でいた。
時刻は12時半。
着いた我々の目にシャトルバスのタイムテーブルはこう告げていた。
出発時刻:9時、10時、10時半、11時、12時
…え?最終12時?
そう。最終バスが出て行ってしまっていた。だがドライバーに電話すれば迎えに来てくれそうなことが書いてあったので、電話をしてみようと携帯電話を手に取った。
…圏外だった。
叫ぶ友人。
途方にくれる我々。
ここからヒッチハイクじゃ!
と思いつつも乗せてください!とゆー一言が言えず、唯一通った1台の車を見逃す。
道に雪は見当たらない。
ダメもとで少し自分達の車を走らせてみることに。しばらくすると『2WDはチェーン絶対しろよ!』の看板。我々の車は4WDでしかもまだ雪は見当たらなかったので、そのまま車を進めた。するととうとう『4WDもここで絶対チェーンしろよ!』の看板。。
残念だがここまでだ。。
我々はUターンをし、駐車場へと車を走らせた。
すると一台の工事っぽい車が登ってきた。
すれ違いざまにおいさんが我々に聞く。
『おめっち、スキー場行って来たのか?!』
『いや、行ってない』と友人が答えると、
『乗ってくか?!』
と天使のお言葉。
『マジで?!いいんすか?!ありがとうございます!!』
とお礼をいい、指定された場所に車を止め、おいさんの車に乗り込んだ我々。
『チェーンは持ってんのか?』とおいさん。
『えへ。持ってない。』と私。
『ははは。わりぃー奴だなぁ!』と優しいおいさん。

じゃりと雪とアイスと…すさまじい道がチェーン規制の看板の後続いていた。
おいさんと出合って良かった。
スキー場に着くと、おいさんはシャトルバスに横になっていたシャトルバスの運転手に我々の事情を説明し、帰り途中で降ろすように言ってくれた。

父さん、よしもは今日、おいさんの姿をした神様を見ました。

と無事スキー場に着いた我々。
スキー場でのお話はまた今度。

8/01/2010

帰国ラッシュ!

先週の火曜からネルソンのB&B(日本でゆーペンションみたいな宿。ベッド&ブレックファストの略で、部屋と朝食のみを提供してくれるとこ)にて、エクスチェンジワークをしています。つまりはWWOOFみたいなもんで、午前中働く代わりに部屋と朝食(って言ってもシリアルかパンだけだけど…)とお茶飲み放題を提供していただいています。私の2日後に来たアルゼンチン出身のメルちゃんと部屋とシャワーとトイレをシェアし、キッチンはこの家の人とシェアとゆーなかなか日本では考えられない状況でやんす。みんな良い人たちなのでとても楽しく有意義に暮らしている最近。
私と同じ頃にニュージーへ来た友人達が帰国し始めました。
昨日は3人の友達がネルソンを発ちました。2人日本人の女の子、1人韓国の男の子だったのですが、韓国の男の子にいつ発つのか聞いたところ、『3時までに空港に行かなきゃなんだよねー』と言っていたので、私と別の友人は3時に車を走らせ、見送りをするべく空港へと向かった。
空港に着くと…


誰もいない。
いや、正確には知ってる人が誰もいない。
当人たちもいない。
あれ?
間違えちゃった??
またやっちゃった?私?

と思い、この3人と特に仲の良かった別の友達Sにメールしてみる。
なんと、1人の日本人の友人は午前中にすでに飛び立っていた。(笑)
そして韓国の男の子は4時半出発で、もう1人の日本人の子は5時半出発だと言う。


しまったーーー!!勝手にみんな同じ便だと思ってたーーーー!!!(涙)

とゆー相変わらずのボケっぷりを発揮し、とりあえず韓国の男の子がやってくるのを空港にてモカチーノを悠々と飲みながら待つ。
4時を周ってやっと現れた韓国の彼は、搭乗手続きでもめる。飛行機に預けられる荷物は1個までなのだが、彼は3つ持っている。もめにもめて、時刻は4時20分。
いや、もう搭乗時間になっちゃうじゃん!あまりゆっくりは出来なかったが、一通りみんなと抱き合い別れの挨拶をする彼。
搭乗時間が遅れている。(きっと彼のせいだと思う)
いよいよ搭乗のアナウンスが流れ、再びみんなと抱き合い最後の別れ(別に死ぬわけじゃないんだけど…)を惜しみ、彼は去って行った。(いやぁ、搭乗してから飛行機乗るまでの彼は実に早かったなぁ!後ろ振り返らず一目散!)

私と一緒に来た友人と、後から来た友人Sはそのまま空港に残り、次の友人の見送りを待機。
5時過ぎ、彼女が数人の友達と供に空港に登場。
みんなぎりぎりに来るなぁ!
彼女の席が窓側とゆーこともあり、私達は彼女が搭乗した後、デッキへ行って、飛行機に向かってひたすら手を振り続けていた。彼女も飛行機から手を振り続けていた。感動の別れである。

8月13日にはまた別の友人、8月の終わりにもまたまた別の友人、9月3日に共に旅行をし続けてきた友人の帰国、そして9月11日には私自信が帰国…とゆー帰国ラッシュがいよいよやって参りました。

時の早さに一同びっくりし、嘆いているこのごろであります。

7/18/2010

アクティビティの宝庫!ニュージーランド2!

まさかこんなことになろうとは…


ニュージーランドには氷河で有名な街がある。そこへ行った台湾のお友達は『まじ感動するから行っておいで!』と言った。
私のいとこも『なんか結構手軽に歩けるらしいよ!写真見せてもらったけど、すごく感動したよ。』と言った。

氷河を歩く。。いまいち想像が出来ない私だったが、そこまで言うならやってみようぞ、とゆーことで氷河ウォークのツアーに参加した。もちろんアクティビティ苦手な私は1日ウォークではなく半日ウォーク。
昼に集まった一行は、靴と靴下、防水の厚手の上着、氷河ウォーク用のスパイクみたいのを借りた後、バスで氷河近くの駐車場まで送ってもらい、まず氷河まで15分ほど歩いた。この看板まではツアーに参加せずともいけるのですが、ここからはガイドなしでは入れません。我々ツアー客は歩くの速い組と遅い組(私はもちろん遅い組)に別れ、二人のガイドの兄さん(ルーニーに似ていたので、以下ルーニーとスナフキンぽかったので以下スナフキン)につれられ、じゃり山をせっせと登った。じゃり山を登り終えたところで、氷河ウォーク用のスパイク装着。氷河ウォーク開始。うーーんやっぱ氷のうえだから寒いなぁ…なんてのんきに写真を撮っていたら、スナフキンとルーニーがなにやら話し合い。
『ユー達今朝見つけたばかりの氷河の中歩くかい??』
とかなんとか言いだした。周りは盛り上がっている。
『Ok!よーしじゃぁ、今から歩けるように道作るからちょっと待ってて!』と言ってまるで氷河がサッカーフィールドかのように走り出したルーニー。えーー?今?!と思う私をよそにせっせと道を作るルーニーとスナフキン。


道が出来上がるまで氷に囲まれた中待たされること30分ほど。ルーニーが言った。
『道はものすごく狭いからリュックとか全部ここに置いて行ってくれ。おれが預かる!』
どんだけ狭いの?不安をよそにリュックを預け、作られた狭き氷の道へと歩き出した。


人一人通れるか通れないかの道。このときばかりは小さくて良かったと思った。欧米人はその身体の大きさから横歩きを余儀なくされている。てくてく氷と密着しながら歩き進めると、さすがの私も横歩きせざる終えないほどの狭さになってきた。結構な高さの階段があったりとスムーズに進まないこの氷河ウォークは氷の間に挟まりながら前が進むのを待たなくてはならない状況が幾度もあった。手袋をしていない私の手は寒さで痛くなっている。ズボンだけでなくパンツまでびしょびしょの始末だ。ある高い段差かつ非常に狭い道をロープを使って登るとき、事件は起きた。
ロープを手に持ち腕の力で登ろうとひっぱった瞬間、、、、
、、、あれ?どうしよう。。
私はあせった。

なんと狭すぎて私の大きなおしりが挟まったのだ。前を歩いていた友人が私の手を引っ張るがなかなか抜けない。すると後ろを歩いていたイギリスの青年に、
『押そうか?』と言われ、おしりを押してもらい脱出。
ダイエットを決意した瞬間だった。
その後も必死で歩き続ける我々一向を最後に待ち受けていたのは、ほぼロープを使って腕の力で登らなければならない氷の坂だった。手は悴んでもはや感覚がない状況。よしもはかなりいらだっていた。そしてあまりにも狭すぎる氷河の中に長時間いることに恐怖さえも感じ始めていた。
死にたくない。死にたくないよ~と思い必死に登る私にやつは容赦なくやってきた。


おしりがでかくて氷がつるつるすべって押し戻されて通れない。。
友人は気付かず前をどんどん進む。
ど、どうしよう。
するとまた後ろのイギリスの青年が
『お、押そうか?』
と言っておしりを押してくれ、無事通過した。

あーもう二度とやらないぞ氷河ウォーク!と決意した瞬間だった。
最後は写真のような氷のトンネルを抜けフィニッシュ。地獄のような氷河ウォークを終えた。下半身は水がしたたり落ちるほどびしょびしょ。私達は、バスタブのあるモーテル(ホテルみたいなところ)を探し、その日はそこに泊まって、お湯をためて温まったのだった。

先日氷河ウォークをしてきた友人と話したが、こんなに狭くもなく、かつ防水のズボンも貸してくれてたと言う。

私はホントにできたてほやほやの氷河ロードを体験していたらしい。とても貴重な経験をしたし、やって良かったと今は思う。
がしかし、二度とやりたくない。(笑)